189. 「動画のとおり」

投稿者: ゆきお

鏡で身なりの最後のチェックをする。
ポシェットへの自分の携帯品の詰め替えを再度確認する。
そして、例のバッグを椅子の上に置いて待機した。
バッグは思ったより軽かった。

フロントからタクシーの到着を告げる電話があり、すぐに部屋を後にした。
エレベーターを降りながら、革のジャケットだけで外出するには、外は以外に寒いと気がついた。
コートを取りに戻るべきかと思ったが、その上にスプリングコートというのがちぐはぐな感じで気が進まないし、タクシーを待たせながらまた部屋に戻るのも億劫だった。
どうせこちらから向こうのホテルへタクシーで行き、そこからまたタクシーで戻ることになるはずだ。

フロントを通過しポーチにいるタクシーに乗り込む。
「◯◯◯号室の…」小野寺という言葉をあいまいに発音する間もなく、タクシーの運転手は「◯◯××丁目ですね」と確認するだけでスタートした。

運転手は行く先をピンポントで知っているのだろうか。
通過する街並みを見ながら自問した。
運転手が無言でそのホテルのあるブロックに躊躇なく入っていくあたりでそう確信した。
ホテルに歩いていけるというところまで差し掛かったところで、自分から指示しタクシーを止めてもらう。
料金を払おうとすると前払い済みだという。

荷物を手に下げ、タクシーが出発して行くのを待ち、そしてホテルを目指し歩き始める。
コート無しではやはり寒かった。

ホテルのフロントで、名前と部屋番号を告げる。
指示にあったフロントの係とは顔を見ないで話せるようになっているという表現には誇張があり、しきりはなにもなくて、中年の女性が顔を成るべく合わせないように手際よく対応してくれたというだけのことだった。

鍵を渡された。
先に誰か入っているか訊きそびれまま鍵を持って部屋に行く。
鍵を開けて入るとたぶん見覚えのある部屋だった。
2度ほど声を掛けてみるが、返事はない。
5分ほど経ったころ電話が着信した。
小野寺からで今下にいるのでこれから上っていく、ノックがあったら開けててくれと言って切れた。
しばらくするとノックがあり、ドアを開けた。
小野寺が入ってきた。

一連のできごとを絵里は事実のみを淡々と語った。
一方、奇妙なほどその時々の感情については何も語らなかった。
が、ほんとうに絵里のほうに様々な感情の揺れはなかったのか。

エルザという別の人格としてホテルに向かいフロントを通過するときの緊張感。
部屋に入ったときの緊張からの解放、そして自分一人と知ったときの驚き、落胆、不安感。
5分とはいえ時間とともにつのる不安感や苛立ち。
電話があったときの安堵。

絵里の行動をトレースしてみる私の頭には、その時々の絵里の心中に思いが至ったが、絵里の話からはそうしたものの気配がいっさい伺えない。

水を向けても、積極的に語ろうとしなかった。
むしろわざと冷静に距離を置いてみせている風があった。

「一人でホテルに入って、エルザで受付して部屋に行くのって緊張しなかった?」

「それは初めての経験だからね。今日の告別式みたいなものよ。」

「部屋に誰もいなくて気味悪くなかった。」

「誰もいないときはあれ?と思ったけど。まあ、その後電話があったから。」

「小野寺って、どんな感じでやってきたの?」

「いつもとあんまり変らなかった。」

が、ほんとうに絵里の思いはそれだけだっのか。
小野寺と顔を合わせたとき、いつもと違う感情が絵里の胸をよぎったのではないか。
安堵、新たな不安、悔しさ…それが何だったのかは分からないが、帰ってきてから後の絵里の情緒不安定の様子から見ると、何らかの感情の起伏があったのではないかと想像した。

「プレイは?」

「いつもどおり、というかいつもよりさっさと進んだ。その前に少し変ったことはしたんだけどね。」

「さっさとね…。慣れてきたということ。」

「それはあるかもね、4回目だもの。」

「それで、変ったことって?」

「コスプレみたいっていうか」

彼女が選んだ服のコーディネートについて、小野寺はひとしきり褒めたという。

「何か注文とかつけられた?」

「ぜんぜん。」

「ただ褒めたわ。似合ってるって。」

「で、コスプレって?」

「コスプレというほどのことではないんだけど…」

絵里の淡々とした説明だとこうだ。

いったんレザーのジャケットを脱ぎ、そしてブラウスを脱ぎその上から、ブラだけのままジャケットを着た。
そしてソファで飲んだ。
カクテルは小野寺が作ったが、冷蔵庫から思いのものを取り出したようすから見ると、絵里が部屋に入るまでに小野寺は部屋を確保して準備をしてあったようだ。

「カクテルって?」

「コスモポリタン。」

「どんなんだろ。」

「SATCに出てくる。前にときどき私が注文してたじゃない。」

「あ、あれか。」

「セックス・アンド・ザ・シティ」のドラマに二人で以前はまったことがあり、ケーブルテビで見たあと、DVDまでレンタルしてきて見たことを思い出した。
そういえばいつの間に熱が冷め、しりすぼみになって途中から見なくなってしまっていた。

「あれ、材料ちょっとめんどうくさいのよね。ホワイト・キュラソーとかクランベリージュースとか。その準備をしてあったからご丁寧なことよね。コスモポリタン、私嫌いじゃないからいいけど。」
皮肉めかしているが、そのもてなしにはまんざらでもなそうだ。

雑談の途中に、命じられスカートを脱ぐよう命じられパンストとショーツを脱ぎ、もう一度スカートを着た。
またひとしきり雑談をしてカクテルを飲み終わると、全裸になることを命じられた。
その全裸にジャケットだけを着るよう言われ、前に立った小野寺の足元にしゃがみ、フェラチオするように命じられた。

革紐のチョーカー、素肌の上にレザージャケット、レッドソールのヒール、下半身剥き出しで男の足元でフェラチオするシーンは私の中に鮮烈なイメージを呼び起こしたが、絵里はあくまでも淡々としている。

「それで。最後までいったのか。」

絵里は無言で首を横に振る。

「長いことしたんだけど、いいかげん私が疲れてきちゃって、それで次のプレイに入っていったの。」

「次のプレイって」

「割と今までどおり。」

「今までどおりって」

「今までどおりというか、前の3回の続きという感じね。すごい新しい変ったこととかはない。あとでそっちに送ったリンクに、佳美さんの写真が何枚かと動画が一つあったたでしょ。あれとまったく同じ。」

「同じって。」

「同じよ。」

「見たでしょ。」

「見たよ。」

「ああいう感じでボンデージの格好で天井から吊って、ニップルクリップして、責められた。それから、動画あったよね。」

「あったね。」

「この前話したとおり、この前のとき言われてたけど、蝋燭したあと蝋を鞭で剥すというの、それをやった。まったく動画のとおりに。」

「蝋燭するとこは?」

「それはこの前、話したとおりよ。」

「それの動画ってないのかな。」

「記録としてはあるかもしれないけど、私は見てない。」

リンクの話が出てから慎重に会話を進めたが、やはりこの前と同じで、私が見たもので絵里に見せられていないもの、私がそれを見た事実も知らないものがあるということになる。
そのことについての認識のもとに、結局、前回枠組みの決まってしまった情報ゲームを私は続けることになってしまった。

「で蝋燭は。」

「だからこの前話した感じ。」

「前回と違うところは…」

「そうね、もしかしたら少し慣れたかも。前より大事じゃなかった。できるだけ声を出すなと言われたのもあるし…。あと動画で見たおとおりで、私の説明より分かりやすいと思うけど、鞭で剥した。」

「動画のとおり」を絵里は何度も強調する。
まるでそれを見たのならもう話さなくていいでしょうというニュアンスも感じられる。

「それは動画は見たけど。痛くなかった?」

「それは鞭だから痛いわよ。でも、案外どんどん剥れるものね。でも最後まで剥れなかったから、あとはバスルームで丁寧に剥してくれた。」

「それから…?」

「それでおしまい。」

「え?」

「プレイはそれでおしまい。」

「おしまいって、それでどうしたの。続きは?」

「プレイというようなものの続きはなし。私も拍子抜けしたし、驚いたんだけど、そこで終りということで、ホテルを出るということになったの。出る支度が整ったのは8時半前くらいかな。ホテルには3時間弱くらいいたことになる。ほんとうのプレイそのものは2時間くらいかな。」

「それでどうしたの。」

「ルビーノに行ったの。」

「え!……」