190. ノーセックス

投稿者: ゆきお

「なんでまたルビーノに。」

「私が決めたんじゃないわ。食事よ、それに。お腹空いてたのはたしかだし。」

「ホテルからそのままルビーノにまっすぐ?」

「そう。」

「どんな格好?」

「来たときと同じよ。」

「まずくないか?」

「まずいということはないわ。だってとりあえず普通に出られるファッションだもの。それは私としてはちょっとイメチェンかもしれないけど。」

「イメチェンね。」

「ジャケット、私が持っているのと同じだし、レザーのスカートも似たようなもの持ってるでしょ、もう少し丈が長くて。上下わざわざ合わせたことはないし、スカートこのくらい短いのは初めてだけど。」

ホテルから出ると、すでに斜め向いにタクシーが止まっていて、それに乗ってルビーノに直行したという。
ボストンバッグのほうは今度は小野寺が持った。

「ルビーノでどうしたの。」

「簡単に食事した。」

「えみちゃんはいたの。」

「途中からいっしょになって、途中でまたカウンターに戻った。」

「その格好、何も言われなかった?」

「その格好って言ったって…えみちゃんには、素敵って言われたわ。」

「それさ、黒いブラってやたら透けてなかった。」

「ジャケット脱いだら、少し気にはなったけど、朝の通勤というわけでもなし、場所的に常識的に範囲だし。」

「常識的ね…ジャケットって別に脱がなくてもよかったんじゃないの、絵里がいつも着ているようなのなら。」

以前、いっしょにラーメンを食べに行き、学生街を散歩して焼き鳥とバーに飲みに行ったときのことを思い出した。
あのときジャケットは着たままだったし、むしろ脱いだほうが不自然ではないのか。

「お店エアコンが暑かったし、あとワイングラスとかひっかけそうであぶなかしかったから。それにさ、そういうのやたら気にするのきみだけよ。」

「そうかな。そそるよ。白いブラウスに透ける黒いブラ。それ平気なんだったら、こんどいっしょに出かけるとき見たいな。」

「ん…場所によるね。そこで着たのは向こうに置いてきたから、きみが望むなら、手持ちのブラウスと黒のブラなら着るよ。ただしスカートは合うもの持ってないと思うけど。」

自分の中に性的ファンタジーを掻き立てる絵里の格好を小野寺や「向こうの」人間だけの目だけに独占させておきたくないという対抗意識から出た言葉だが、後から考えると、こうした私の態度が絵里の行動に及ぼした影響は諸刃の刃になったところがあった。

「で、それから。」

「食事して、えみちゃんも入ってちょっと世間話して、そんなに長居しないで出た。一時間もいなかったの。あと、 小野寺さんは何度も中座して電話してたし、だんだん落ち着きがなくなったのね。」

「あれだね、叔父さんの。」

「そういうことね。」

「小野寺はそれ説明したの ?」

「ううん、何も。」

「それで。」

「ホテルのスイートに戻った。」

「そこで?」

「普通にベッドで休んだ。」

「プレイは?」

「プレイはなし。」

「プレイなしで、それでセックスしたということか。」

「それもちょっと違う。」

「違うって?」

「私もそのときあんまりわけがわからなかったけど、ちょっと今までと違うパターンになったのよ。」

ホテルに帰ると全裸になるよう命じられ、首輪を嵌められたという。

「どんなやつ。」

「革の赤いの。」

AVのSMもので見かけるよう犬用の首輪のタイプのものだと理解した。

「全裸で。」

「そうよ。」

「いやらしいね。」

「そうかもね。」

「それで?」

次に成されるプレイを思って身構えたが、そのまま化粧を落すなど休む準備をしていいと言われて、小野寺もシャワーを浴びたあとベッドでくつろいだという。
そして残りの夜をベッドで二人で過した。

何をしたのかという私の問い掛けに、「いろんな話をした。」というのだけが答だった。
「いろんな」とはどういうことかと重ねて訊くと、プロジェクト関係の話や、小野寺の法人の内部事情、そして小野寺の家族関係や若いころの話などそういうものにも話題が及んだという。

「メールとリンクくれたよね。それなんだけど、どういうことで。」

「ああそれね、そういういろんな話になる前に、ベッドに入ったところで提案されたの。」

「なんて。」

「この前みたいに佳美さんの記録のリンクを送るのはどうか?って」

「で、何て返事したの。」

「あんまり気が進まなかったのけど、私が返事しあぐねていると、とりあえず送るものを見てから決めたらどうかと言われたの。」

「それで、見たわけね。」

「そうよ。」

「どんなのだった。」

「どんなのって、見たでしょ。写真が5、6枚と5分くらいの蝋燭の動画。PCでそのリンクを開いていて、見てからそのリンクを送ったの。」

「見てどう思った。」

「私にしたのとまったく同じと思った。もっとも自分で見えてはないけど、こんなふうに見えるんだなと思った。」

「それで。」

「ちょっと馬鹿にされたような気がしないではなかった」

「馬鹿にされたって?」

「だって手順が全部決まっていて、佳美さんにしたのとまったく同じことをしたわけでしょう。機械的よね。」

その口調には、他の女性と同じように扱われたことへの不満が見えかくれする。
そうも思ったが、それを敢えて指摘し尋ねるということはできなかった。

「それがプレイというものなんだろうね。で?送ることにしたわけ?」

「これなら送っていいかと思ったの。」

「なぜ?」

「なぜって、まず前に動画がみたいなのを見たがったのはきみでしょう。あのときは何が送られるか自分で確認しないでリンクを送って、きみに悪いことしたと思ったけど、こんどはちゃんと確認したわけだし。」

「それはそうだけど。送る必要もないよね。」

「動画があったほうが何をしたか分かりやすくない? じゃあ、聞くけど、前のとき送ったもの、あれ、あったほうがよかったと思う?なかったほうがよかった思う? あれがあったからまだ説明できたけど、なかったらどんなに説明しても説明しても分からなかったことってあると思うよ。」

「…」

たしかにあのとき動画が送られて見たほうがよかったか、見なかったほうがよかったと言われたら、見たほうがよかったというしなかない。

「それに送っていいかどうか、あらかじめ訊いたら、見たいと意思表示したのはきみじゃない。」

そのように言われてしまえば元も子もない。

「動画は他にもあったり、見たりしなかったの?」

慎重に訊いてみる。

「見てない。それはあるでしょうし言えば見せてくれたかもしれないけど、人の動画をいちいち見る会をしてたわけじゃないし。」

絵里はそのサイトのページの下のほうにあったリンクに気がつかなかったのだろうか。
確かにそれは、画面をスクロールしていったずっと下のほうにあり、小野寺がPCの操作の主導権を持って、画像や動画を見せていれば、それに気づかれないまま閉じることはまったく可能ではる。

「それで?」

「だから、きみにメールして、動画のリンクを送って…それから、今夜はプレイのことは忘れて、少しゆっくりしようということになったの。それでいろんな話をしたわけ。」

「ベッドで。」

「そうよ。前回、遅くまでプレイが続いて、飛行機に乗り遅れたから、まあ、体力の上では助かると思ったわ。」

「ほんとに話しかしなかったのか。」

「そうよ。」

「ノーセックス?」

「そう。話しているうちに、気分がどっかにいっちゃったみたいな感じになって。」

ここまでの話を聴いて、すでに私はいくつかの点で心理的にずしりとくるものを感じた。

胸騷ぎを与えたのは、絵里がSM嬢まがいの行動を要求されたいうこと以上に、ホテルでのプレイが、夕方の早い時間、2時間から3時間ほどの間に行なわれ、そしてそのあとの何食わぬ顔でワインバーに行ったという、そのカジュアルさだった。

それは、プレイがたとえば、会社がひけたあとそのままホテルに直行しその種のホテルのショートステイの時間で行なえるという可能性を指し示すものだった。
そして、プレイが特別ではない日常の行動の中に埋めこまれるということも意味していた。

この時から、小野寺と絵里が二人でこちらで会っているのではないかという疑惑が何かのきっかけで心の中に滑り込んでくるとき、ただ会っているのではなく、プレイをしている可能性への想像も伴なわれることになる。
絵里の帰りが、残業や同僚との軽い飲みだということで遅いとき、あるいは、この前のように小野寺をまじえた会社の接待のようなものがあると聞いたとき、その疑惑が払拭できずにいずまでも心の隅にとどまり続けた。

もう一つは、私にリンクが送られてきた時間やその状況である。

プレイのその日、私にメールがあってリンクが送られてきたときのことを思い出す。
そのとき、私は二人がプレイ中であると思い、まさにそのあとの時間、同じプレイが行なわれている様子を想像し、そして興奮までした。
が、実際にはプレイはとっくに終っており、食事までした後、「プレイのことは忘れて」、仲睦まじく寝物語のように「いろいろな話を」していたことになる。
その時の自分を思い出すと、ピエロになったような気がした。
二人のそのときの行動だけで、私をあざ笑っているかのような気持になった。
一人でいる男に性的妄想の餌を与えておいて、自分たちはすでに別のモードに移行していたというではないか。
リンクを送ったあと、絵里は私のことを思い出しただろうか。
二人の中からの私という存在はもうとっくに消えていたのではないか。
いや逆に、最悪のばあい、私の行動を二人で予想しあっていることだってありうる。

プレイの説明をするだんになって絵里は何回か、「動画のとおり」と言い、そしてそこに、私に事細かに説明するのはもう疲れたという態度が見え隠れしているのはすでに感じていた。
前回のとき絵里が、プレイの報告を詳しく行うために、精神的に疲弊したのは確かである。
それを避ける道が見つかり、無意識にでも利用したくなっていく気持は分からないでもない。
しかしそれは、その絵里の気持ちをベースに、二人の間で、私への「対策」として合意された、少なくともそれを見越した小野寺から提案され、絵里もそれに乗った形でのことと解釈できはしないか…。

そうした思いが錯綜し、絵里の話を聞きながら、そしてそれを後で反芻しても、胸の中に苦い思いが去来した。

そしてまたその後起きたこととして絵里が話したことは、いっそう複雑な気持を私にいだかせることとなった。