191. 仮眠

投稿者: ゆきお

12時をまわり、そろそろ話し疲れてきて、これからどうするのかと思ったころ、
小野寺が「その話」を切り出したという。

小野寺は以下のように事情を説明した。

たいへん申し訳ないが、緊急な用事ができて朝いちばんの便で東京に飛ばなければいけない。
一人で残していくのはとても偲びないが、かんべんしてほしい。
ここにある荷物などどうしたらいいかについてはこれから順番に説明する…。

「それが、叔父が亡くなって、葬儀やあれこれの話だったわけね。」

「そういうことになるわね。」

「そのときそういう話は小野寺はしなかったの。」

「ぜんぜん、とにかく緊急の重要な用件だと。用事が向こうで一段落してから詳しい事情は話すけど、今は悪いけど訊かないでくれと。」

「絵里はそのほんとうの事情をいつ知ったの。」

「だから水曜日よ。」

「小野寺はどうしてその時にほんとうのことを言わなかったんだろうね。」

「そうよね。そう言ってくれれば、訳の分からないという気持にさせられることもなかったのに。」

「君に気をつかったんじゃない。」

「そうね…。」

なおかつ、不満そうな絵里の言葉に、小野寺の立場になった弁明のようなものを心の中に思ったのは私のほうだった。

たとえ叔父であっても絵里にとって見ず知らずの人物だ。
一方、人の死の知らせ、特に会話の相手の縁者のそれについての知らせというのは、見ず知らずの人物のそれであっても、それを聞いたものの心を重くさせる。
それを考えたとき、究極的には一種の「娯楽」であるプレイにそれで影を落したくないという気持はよく分かる。

私にも思いあたる経験がある。
修士を終り博士を始めたころだったか、結婚して間もない同級生の家で仲間で集って飲み会をしているとき、実家から電話があって祖母の急逝が伝えられた。
深夜だったので、翌日いちばん新幹線で実家に向かうしかないと判断した私は、中座して電話を受けたことで電話の内容が誰にも悟られなかったことを幸いに、何ごともないように皆と楽しく会話を続け、翌朝一番の電車で実家へ向かった。
あのとき絵里もその場にいたはずだが、ちょうど絵里との仲が微妙になっていたころで、その話をすぐに個人的にはしなかったと思う。
私の祖母の死は絵里もほどなくして知ったが、絵里はその夜の私の行動を把握し覚えているかどうか…。

小野寺が絵里との二人の時間にできるだけ影響のないように、親戚と絵里に知られないように話をつけ、その時間にその場だけでも専念したのは合理的だ。

が、自分の話も引き合いに出して、敢えて小野寺を弁護するということはしなかった。

その事態が小野寺に性欲を失わせたのも分かる。
そして、話が自分の法人の話、家族関係、自分の若いころの話などに及んでいったということ、それを生み出した内省的な気分も分かる。
身近な人の死は、自分の生き方について、考えてみる機会を与えるものだ…。
いつの間に私は小野寺の立場になって物事を考えていた。

しかしそれにしても、そうした内省的な気分の小野寺と絵里の会話、その調子は気になる。
小野寺は自分自身のことについてどんなことを話したのかその中身について知りたいという気持はあったが、このときは訊くきになれなかった。
いったん絵里がそのことについて話し出すと、親身になり引き込まれていた絵里のようすまで再現されるような気がした。

一方、小野寺が叔父の死について率直にそのときに絵里に話さなかったということは、二人の間の親密度がそこまでではないことを意味するものだととも判断できた。

このとき絵里にしても私にしても、小野寺のその日からの行動についてはおおまかな推測の域を出なかったが、それらの正確な詳細はもう少したってから明らかになることになる。

「それでどうしたの。翌日早いということになって。」

「空港にはこちらから6時に向かうけど、いったん家に帰って支度しないといけないから、ホテルは5時には出るというのね。目覚ましはかけるから、起こしてしまうかもしれないけど、そのまま寝てくれと。」

「…」

「で、最低の段取りを話してくれた。」

絵里によれば、小野寺の語った「段取」りは次のようだった。

– 自分は5時に出るが、ホテルでゆっくり休んでいってほしい。
– チェックアウトは11時だが、空港に向かうまでもうちょっとゆっくりしたかったら、フロントに言って、時間を延長してもよい。清算はすべて済んでいるし、延長した際の追加は自分のところに請求がいくようにしておく。
– クローゼットにある服など一式は、プレゼントだから持ち帰ってよい。そうしたくなかったら、下にあるトランクに入れ、部屋の入口の分かるところに置いていけば、あとで従業員が運んで自分のところに送ってくれる。鍵は番号鍵だけよい。テーブルの上に番号を書いた紙を置いておく。
– ボストンバッグも同じ。ポシェットも持ち帰るなり、ボストンに入れるなり好きにしてよい。

それらのことを話し終わると、小野はアラームを設定し、もう休もうということになった。
が、すぐには寝つかれず、小野寺も寝つかれそうになくて「いろいろな話」を続けたが、2時を過ぎたあたりでいつの間に寝入ってしまっていた。
次に眠りから覚めたのはアラームの音によってであった。

起こしてしまったことを小野寺はすまなそうに詫びた。
小野寺は自分が眠っている間どうしていたのだろうか。
眠れたかどうか尋ねると、とりあえず仮眠できたらからだいじょうぶだと答えた。
そのままベッドで休んでいるよう言われて、ベッドの背もたれに体を半分起こしたままぼうっとしている間に、仮眠から目覚めた小野寺は手際よく支度を済まし出ていった。
時計を見ると5時が過ぎていた。
目覚めが悪かったので、7時に自分の携帯のアラームをセットしてまた寝た。

その絵里の説明の中で、欠けていたのは、二人の衣々の別れのようなものの行動、言葉、表情、そのときの絵里の気持であった。
キスぐらいしただろうとか、「すみません」とか「ではまた」とか何かそんなような言葉があり、視線を交しあっただろう、慌しく出ていく男に取り残される女性としての複雑な感情があっただろうとか、いろいろ想像したが、誘導しても絵里はそのことについて語ろうとはしなかった。