192. 「打ち明け話」

投稿者: ゆきお

「それで7時に起きたというわけ?」

「そう、眠いような、寝つかれないようなそんな感じだったけど、結局うつらうつらして、そのうちアラームが鳴ったの。」

「それで?」

「私も帰り支度よ。」

起きると小野寺のメモがあって、スーツケースのロックの番号とともに、モーニングのルームサービスがプランに付いているから、遠慮なしに頼むようにと書いてあった。
フロントに電話して8時に朝食を持ってくるように頼み、シャワーを浴びて着替えた。

「お風呂は?」

「疲れるし。前の日に使っておいてよかったわ。」

だだっぴろいバスルームが孤独感をいやましただろうと想像する。

ジーンズとTシャツに着替え身支度をし、朝食を待った。
朝食をルームサービスに持ってこさせるのは初めてだ。

「すごいんだろうね、高級スイートの朝食。」

「さすがに高級感はあるけど、それほどびっくりするようなものじゃない」

荷物を整理した。
服、ランジェリー、靴、アクセサリー、全部トランクに詰めたという。

「何か持って帰ろうと思わなかった?」

「持って帰ってもしょうがないし。」

「そうかな。」

「そうよ。」

ボストンバッグの中は前日プレイに使った道具が入っているとは思えないほど、きちんと整理されていた。

10時になりまだ少し時間があると思い、持ってきたPCで、前日小野寺から聞いた法人関係の情報を仕事のメモに整理をしていると、携帯にメールが着信した。

えみからだった。

「昨日は早く帰ってしまわれて残念だった、もし午後時間があったらこの前のようにお茶でもしませんか」というような内容だったという。

「でどうしたの。」

「簡単にメッセやりとりして、あと最後は電話で話して、前のときと違ってこっちも飛行機が昼過ぎだから、もう少し早く会って、いっしょにお昼食べようということになったの。ホテルにぐずぐずいてもしょうがないし、最初私も街を少し散歩しようと思っていたからちょうどよかった。」

「それ小野寺に言われて君のケアをするために連絡してきたんじゃないか。」

「ん…もしかしてそんなことかもとは思ったけど、でも実際には分からない。だいたい小野寺さんの話はほとんどしなかったし。」

ルビーノでは、絵里は小野寺に会うために来るというのではなく、あくまでも仕事のために小野寺の会社の普段の業務が忙しくない土曜日の午後を打合せにあてるために来ているということになっている、という。
そして、えみと会おうというのは、小野寺はきっかけにしか過ぎなくて、あくまでも二人の女性の付き合いだという。
いくらなんでも、えみは大人の事情を承知しているはずで、この説明は相当無理があると私は思ったが、そのような建前を崩さず、お互いその先に立ちいらないことを暗黙の了解にしているというのなら、それはそれで賢明なことなのだろうとも思った。

「でも、えみちゃんが連絡してきたのはぜんぜん自発的じゃないかと思うふしもあるのね。」

昨日の夜、今回の滞在についてえみに訊かれ、明日までの滞在ということが分かったところで、もう一度会いたいと言われ、まだ予定が分からないけど、タイミングがあったらというような話にはなったという。

「そのときは単純に社交辞令と思って軽く流していたんだけどね。彼女すごい純粋っていうか…」

「で、どうしたの。」

「11時にホテルのロビーで待合せた。」

「ホテルのロビー?」

「そう。別に泊っているホテルは前の日の話題で出たし。もちろんスイートや小野寺さんの話は出てない。リゾートと言っても、シングルはシティホテルと同じくらいだし、彼も口裏を合わせてくれて、『あそこのホテルはいいですね、特に女性一人で安全だから、あなたみたいなビジネス・ウーマンの客も多いでしょ』みたいな話になったし。」

「…」

「それ3人だけのときの会話だから、それ考えると、必ずしもえみちゃんと小野寺さんが何でもツーカーという気もしないのよね。」

「なるほどね。なんというか化かしあいみたいなものだな。3人とも知っていて、まるで他人に聞かれてもいい話のような会話することだってあり得るし。」

「そうかもしれないけど…それ以上は私にはなんとも。」

「それで?」

「えみちゃんがこのホテルの雰囲気好きだけどなかなか来る機会がないということで、ラウンジでお茶して、それから、ランチの間まで、ウィンドウショッピング。デート、デートって嬉しそうで、えみちゃんって私にすごくなついてくれて、性格明るいから、こっちもすっかり明るい気分になるのよね。」

二人の写真を見た今となってはそのようすがよく想像できる。
携帯の画面の中の二人は、ほんとうに楽しそうだった。

「それで着ていた手持ちの長袖のTシャツだけだと、コート着てもちょっと寒いなと思って、何か見ようと思ったら、えみちゃんが自分のよくいく店に連れてってくれてあのセーターになったの。私の趣味ともちょっと違うけど、えみちゃんの勧めかたとっても可愛いし。お揃いっぽいのいいなと言われると…。前に説明したよね、その話。」

「そう言ってたね。その時はえみちゃんがニューハーフって分からなかったんだろ。」

「そう、その話はもっと後。」

「それで。」

「それで、食事したの。日曜もランチやっているなかなかいい店があるということで。そこからいろいろ話し込んで。」

「それで、その話になったんだ。」

「そんなに唐突にそういう話にならないわ。えみちゃんってもてるでしょうみたいな社交辞令から、彼氏はとか?私的な話になったところでちょっとしんみりしてきて、場所を変えてお茶しに行ったのね。」

「で、彼女が東京にいたときの話から、少しずつ昔の話になったの。服飾の学校に行った話とか、新宿で遊ぶようになったこととか。あれあれと思っている間に、話の雰囲気怪しくなったのね。でも私は空港に行かないといけない時間が迫って、時間がなくなってきて…」

「それで。」

「話が途中で終われなくて別れがたくなって、彼女、空港まで送っていくと言って、いったんいっしょにホテルに戻ってフロントで荷物もらって、電車で空港まで行ったの。そして空港で、チェックインするまでまたお茶して…。」

「なるほどね。それでカミングアウトになったというわけね。」

「そうね、最初そういうつもりはなかったらしいんだけど、彼女も最近いろいろと悩むことがあるらしくて、それでそんなふうな話になってしまった、というのね。変な話ししてごめんねって、謝られて、慰めるのに大変。」

「それで悩み相談とかしたの。」

「そこまでは話す時間がなかったけどね。でもすっきりしたって言ってた。」

「なるほどね。ところで小野寺の話とかしなかったの?」

「会ったときに、最初にちょっと。前の晩の話になって、えみちゃんも小野寺さんが仕事で落ち着きないようだったと観察していて、私も、あれから別れた後、今朝お礼の電話したけど、電話も通じなかったから、メールだけ送っておいたって、ちょっと話し作って…、えみちゃん何か知らないかと思って探りを入れたんだけど、何も知らないようだった。」

「つまり、叔父さんのことも何も知らなかったということ。」

「そういうことね。完全に演技してるんでないとしたら。あのとき、朝方までいっしょにいた私よりも、えみちゃんのほうが持っている情報少なかったんじゃないかしら。えみちゃんが朝、私に連絡してきたのは、だから、小野寺さんのアイディアでなくて、彼女が私に会いたいと思ったからだっていうほうに考えるのはそういうことなの。」

絵里の話はそれなりに筋が通っていた。
ただ、えみがなぜカミングアウトに至るまで、私的な話をしだしたかということについては、やや唐突すぎるように思えた。
「彼女も最近いろいろと悩むことがあるらしくて」…その言葉と、しんみりと話す女性二人の姿を思い浮べるとき、私にはまた別の推測が頭に受かんでいた。

小野寺の唐突で不可解な行動に割り切れない思いを抱いた絵里が、なんらかの手掛かりを得ようとして、自分から積極的にえみにアプローチしたのではないか。
二人で会うことになったきっかけが、仮に絵里の言うとおりだったとしても、二人の会話の雰囲気が、えみがカミングアウトにいたるまで私的な親密な調子になったのは、絵里がなんらかの形で自らの悩みを語ったからではないか。
もしかして、それは、小野寺の「冷さ」と絵里が感じたものに起因するものではないか。
極端に言えば、絵里が建前をかなぐりすてて、なんらかの打ち明け話しの調子になり、愚痴を言い、そして話がいきなり親密になった可能性もある。
えみの突然のカミングアウトという打ち明け話もその文脈の延長線上にあるものではないか。

「向こう」から帰ってきてから、小野寺から連絡があったという水曜日までの絵里の情緒不安定を思い出すとき、その推測はさらに強められる。

そして、その悩みを相談できるのは、私ではなかっただろう。
その人物が一人いるとすれば、それはえみだろうと思った。

そしてまた、こちらに帰ってきた夜もえみからメールがあったことを思い出した。
ただあのときのメールは建前の部分にとどまるあっさりとしたものであるのは確かだったが。
が、はたして二人のメールのやりとりはあのとき見たような簡単な形式的なもので終ったのだろうか。
私の中で、どこまでが確実なことで、どこからが妄想に属することなのか、しだいに何も分らなくなってきた。