200. おみやげ話

投稿者: ゆきお

「とこで、今朝言ってたおみやげ話って何?」

昨日の焦燥や今朝の電話での気まずい会話を呼び起こしたくはなかったが、ともかくも、向こうであったことは知りたい。
二人の間でそれにまったく触れないままというのも、むしろ不自然な緊張を引き摺ることとなるだろう。
私のほうから話の呼び水を差した。

「ああ、それね…仕事のほうは、それなりにややこしくて、話しても面白いことはないんだけど、それとは別に、ちょっと面白いことがあったの」

「へえ…」

「昨日、夕方遅くまで、打ち合わせがかかったんだけど、向こうの接待ということで食事のあと、2件目にルビーノに行ったのね」

「え? ルビーノ? … なんでまた。まずくないか」

「だって、もともとそういう機会には使っているということだし、私が反対する筋合いはないわ」

「て、言ったって…」

「それに今回ちゃんとしたビジネスの場の流れだから、私が何で小野寺さんと来ているのか、分ってもらってすっきりしたかも」

いや、ルビーノではママもえみも、絵里と小野寺との間に仕事以外の関係があることは、暗黙のうちに了解しているはずだ。
佳美という女性のことも知っているとしたら、その性質についてもっと深いところまで知っているかもしれない。
今度の仕事の接待での訪問は、むしろ仕事上のつきあいの相手とそんな関係を結んでいる絵里に対し、さらに隠微な目が向けられることになるのではないか。
絵里はそれを承知の上て言っているのだろうか。

絵里は私のそんな思いなど何の意に介さないようだった。

「誰と行ったの?誰がいたのルビーノに?」

「こっちは私と吉田くん。向こうが、小野寺さんと、女性の社員の村上さん、この前出張で東京に連れてきていた。最初の食事には、向こうは他に2人いたんだけど、最終的にルビーノのメンバーはそれになったの」

「先週の懐石のと同じメンバーだね」

「そうそう、そういうこと。二度めだったからリラックスして話できたわ。あ、あとえみちゃんが同席して、それで話を盛り上げてくれたの」

そのときの情景が否応なしに浮かぶ。
一仕事を終えてリラックスした中で、5人の男女の間で笑いとともに交される何げない会話。
がその裏で、絵里と小野寺は秘密を共有している。
えみも何かを知っている。
向こうの女性社員はどうなのか知らないが、少なくとも吉田という絵里の部下は何も知らないだろう。
絵里と小野寺だけの間に、ふと交される目配せのような視線…

「それでね、ちょっと面白いというか、困ったことがあってね…」

「困った?」

「あのね、たぶんこれは前の懐石のときからだったけど、吉田くんて、独身で、彼女もいないのね、今」

「歳、いくつだっけ」

「28。それで、前の懐石のときに、その村上さんとちょっといい雰囲気で会話が進んで。ちょっとお似合いかなと思ったのね。きれいな子だし、センスもいい子。吉田くんはぶきっちょだけど、おたっくっぽくはなくて、真っ直ぐに気まじめな感じ」

「なるほど」

小野寺自身が、自分の息のかかった女子社員を出張や接待の要員に選び、相手の会社の男性社員を色じかけで篭絡しようとしているのではないか? そんな想像が浮かんだ。
勝手な想像だが、絵里との間でああした契約を思いつく人間ならいかにも考えそうなことだ。
その仮説をぶつけようと思ったが、自分から小野寺のことにあまり触れたくはなかったので、口には出さず、別の言い方になった。

「それで二人をくっつけようとしたの?」

「そこまではいかないけど、私もなんとなく、いい感じかなと思って見守っていたのね」

「それで、そのいい感じが、昨日また進展したというわけ?」

「んとね、それが…、えみちゃんに全部持っていかれた」

「え?」

「えみちゃんに。えみちゃんて、比較のしかたにもよるけど、やっぱり女性という点では、村上さんみたいなきれい目のOLよりも、わかりやすい魅力があるわけね。顔のつくりとか、スタイルとかも。やっぱりああいうところの夜の仕事してるでしょ。化粧も上手だし、着るものもそれなりにセクシーだし。この前写真見たよね。昼間のだったけど」

「ああ、それは分かるな。普通の女性より人一倍努力してるだろうしね」

写真で見た、えみの念入りに整えられた顔、セーターから綺麗に盛り上がった胸が思い出された。

「そうそう。それで吉田くんって、キャバクラとかも行ったことないって言ってて、といいいながらそういう分りやすいセクシーさに弱いみたいなのね。免疫がないというか」

写真で見たえみの姿に、夜の仕事の格好をかぶせてみた。
純朴な独身の男でなくても ならたいての男は単純に魅きつけられるだろう。

「それにえみちゃん、話がうまいのよ。地頭もよくて、いろんな経験してるし。客あしらいも上手だけど、それでいてすれている感じがなくて。それで、村上さんなんか眼中になくなるくらい、びびっときちゃったのね。酔ってたということもあるんだけど、帰り道、私と二人のときに、きれいだな、きれいだな、ああいう彼女欲しいな…と繰り返してて。今日はさすがに素面になって恥かしかったみたいだど、飛行機の中でその話すると、やっぱり参ってて、出張行けばまた会えますかね…なんて真面目に答えちゃって」

「なるほどね。だけどまずいだろう。知ってるの?えみちゃんのほんとのこと」

「知ってない。普通なら、さらっと教えちゃうんだけど、吉田くんのぞっこんぶりが先制に来たものだから、だんだん言いにくくなって…まだ言えてない」

「まずいよね」

「まずいね」

「でもいつか言わなきゃいけないよね…」

「そういつか言わなきゃいけないの…」